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la bonne chanson dans mon cœur

とある藝大生。好きなもの、考えたもの、思いついたことについてツラツラと書いていきます。カメラ、革靴、色々、もちろんピアノも。

東京への偏見と嫌悪

夜の最寄りの駅。漢字の多い本を読みながらエスカレーターに乗る小学生。とある塾のマークの入ったカバンを背中にからっている。

 

そんなものは地元にだっていくらでも見受けられるものだから、向こうに住んでいた時はそれについて特に何も思ったことはなかった。

では一体、何だろう、今日あれを見た時の嫌悪感は。

 

駅を出た後のその子の行動を目で追う。

近くの簡単な駐輪場から、小さい子がよく乗っている真っ赤なマウンテンバイク(もどき)を引っ張り出してきて、路地の方へと消えていった。

 

自転車に乗って家に帰ることも、そういったイキったチャリを駆ることも、本当はごく普通で当たり前なことである。

しかし今日に限っては、彼の全てが不可解に見えた。我ながら変な話である。

 

それに対する、ここ数時間での結論が少し。

そういえば東京で小さい子をあまり見たことがなかった。そしてそれと同時に、こんな街で子供が育つことに対する軽蔑と嫌悪を抱いていた。狭い空と作られた自然(笑)に囲まれた環境で生まれ育つことに、計り知れない恐ろしさと嫌悪を感じるのである。

 

先日、ちょっとした田舎に行くことがあった。山口県の山奥である。お決まりの蛾や蜻蛉なんかの虫たちに囲まれた場所。

彼らってのは、建物の中に入ってしまえば外に脱出するのが難しいようだ。そしてハラハラと死んでいく。人間には分からないが、彼らにとっては地獄のような壮絶な環境なのかもしれない。

 

生い立ちもよく知らないけれど、でも彼が東京に生まれて、東京で育っていくならば、ひたすらそれを可哀想に思う。

彼が悪気なく、何の気なしに建物の中に入り込んでしまったあの虫たちに見えて仕方がない。

 

 

ちなみに、冒頭の「からっている」ってのは方言らしいですね!

Un petit bonheur

街がタンポポにさり気なく彩られるように、私の中も色付いている。ココ最近の話。

ベタな表現で言えば、春が来たってやつ(笑)

 

決して、何層にも塗り重ねた派手な油絵のような春ではなく、道端のタンポポにふと足どりを緩めてしまうようなさりげないものであって、私はそれに思わず感謝の念を覚える。

 

妖麗な新月を見れば、ここにいなくても同じものを、そのどこかで一緒に感じられることに喜びを覚える。

美味しいものにありついた時は、こっそりアカンベーをしながら、でもどこか寂しくそれを食べる。

 

私を独占しないが、でもそのどこかには存在している。小さくではあるが、根は深い。

カビキラーでも買おうかしら!

もちろんそんなことしないけどね(笑)

 

おやすみなさい。また明日。

楽器店でのこと。

ハンマーや弦を交換した子たちの弾きこみの仕事をしています。子たちと言いましたが、みんな中古なのでそれなりにお年を召していらっしゃいます。ので、ちょっと忘れていた言葉を思い出させてあげる作業、という形容がしっくりきます。

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第二の人生(第三かもしれない)、新しい相手を待ち望んでワクワクしているピアノたちと話すのは本当に楽しい。

 

私が働くのは週に1度ですから、次回にはもうお嫁入りしてたってこともしばしばあります。

だからお店が閉まる時間には、「良い人に出会えますように」とあなたを撫でて、まぶたを閉じさせます。

 

上手下手関係なく、あなたを大事にしてくれる人のところへ。行ってらっしゃい。幸せになってね。

 

 

 

 

お高くとまっている、今日も朝は機嫌の悪かったウィーン野郎。笑

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それから2つの大戦、105年の歴史を見てきたベルリン出身のBクン。

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小さかった頃に、第三次世界大戦が怖くて泣いた。小さいといっても多分あれは小学2年生だったと思う。

図書館でタイタニック号沈没事件やら日航機の御巣鷹山の事故、その他もろもろの事件事故を漁って読むという、なんとも不謹慎な小学生だった。まあでも人の不幸を喜んでた訳では無い。ただ単に知識を増やしていただけと言っておこう。そうそう、それではだしのゲンなんかにも出会った。マンガも小説もどちらも読んだ。

それで、色々と世界情勢に興味を持つうちに、第三次世界大戦について震えるようになった。北朝鮮が、核爆弾が怖かった。

私の街は半島に近かったから。

大好きな家がなくなること、両親と離れ離れになるかもしれないこと、愛犬(ぬいぐるみ)のゴンと別れなければならないかもしれないこと、そして自分が死ぬかもしれないこと。

母は言った。

「何があってもあんたを守るけんね。大丈夫よ。」

 

いいえ母さん。私は何があっても生きてあなたに会いに行きます。だから自分のことを、どうかお願いね。ちょっとドジな父さんと一緒に、どこか遠くにちゃんと逃げてね。

小さな嘆き。

雨は屋根を打つ。

雨は木苺にも落ちる。

雨は川を動かす。

雨は私の愛にさえ降り注ぐ。

 

揺れるカーテンがギターを撫でる。

風邪を治すため。

心を癒すため。

諍いをなくすため。

そして不幸から救うためにね。

天使がそこにいるかのよう。

 

あなたは私の言う事は聞かない。

いつもあなたの気分次第。

「はい、仰せのままに。」

私はこれを言ってあなたについて行く。

私にノンって言う権利はない。

 

いくつか、板をください。

それで私は、私の心のために棺を作るから。

Rends-moi ma vie .

モーツァルトのバカ(注:愛を込めて)は女とイチャつきたいがために2台のピアノのためのソナタを書いた。

シューマンなんか隙あらば「クララ!」としか音符で叫ばないし、ショパンなんかはピアノ協奏曲の二楽章をラブレターのつもりで書いた。もちろんそれは、相手にラブレターだとは思われなかったし、そもそも自分に向けて書かれたことだとも思われなかったようだが(笑)

 

残念なことに(?)クラシック音楽の大半は恋愛にまつわる作品が多い。それか死についてか。

まあそれは、向こうの考え方では恋と死が表裏一体ってところがあるから必然なのだけれど、ああ、でもこの話はまた今度にね。今したくないや。もしあなたがこの題名の意味を知っているとしたら、なおさらね。笑

 

全く関係ないんだけれど。

何か発見した時に、ね!聞いてよ!って横を振り向くクセを何とかしたい。別に治そうとは思わないけれど。ピアノって孤独な楽器だよって誰かが言ってたな。

聞いてよ、今日は凄く大事なことを思い出したの。ね、聞いてよ!

 

 

おやすみなさい。

旅をすること、されること

旅の醍醐味は人との出会いだと思っているんです。

どんな歴史的な建造物よりも、美術品よりも、食べ物よりも、出会った人が旅の善し悪しを決めている。私はそう感じます。

 

だからこそ、日本に来る旅人には優しくしなさい。親切に接してあげなさい。それから、どこから来た誰にでも話題が作れるように、色々なことを知っていなさい。例えばその国の挨拶の言葉一つでも良い。

 

旅先で"Oh, japanese !! Konnichiwa!!"とか、"Sakura!!"だけでも言ってもらえたら、それだけで心が安らぎませんか?

未知の国の知らない街の分からない言葉を話す人に囲まれているって、わりとストレスでもあると思うんです。

 

旅って、少なからず何らかの嫌な目に会うかもしれません。いや、そんなものです。不親切にされただとか、行きたかったところが工事中だったとか。些細なことだけれど、それだけでその国が嫌な国に見えがちです。

そんなときに、短い時間だけれども親身に寄り添ってくれる人がいれば、どんなに目の前が明るくなると思いますか。

 

そして旅先で受けた恩は、自分の国に来た人に返していく。そう決めています。自己満足かもしれないけれど、そうやって世界は回ってるんじゃない?

 

今日はポーランドからのお客様。日暮里でさまよってたから、恐らく成田から来たばっかり。ホテルは谷中の奥の方。こんなに暗くて分かるわけが無い。

挨拶は……たしかドヴリーデン?あ、それはチェコだ。ツェインドブリ!

谷中?暗いでしょう?絶対分かんないから、一緒に行くよ!

ピアノやってるんだ!ほら!ショパン!大好きだよ!

おじいちゃん、階段は荷物持つよ!

おばあちゃんフランス語分かるの?

ほら、桜!きれいでしょ!

着いたよ、合ってるかな?良かった!

ニッポン楽しんでね!Bye !!